#101 図書館

Mar. 26, 2012

むかしから図書館が大好きだ。
静かで、日当りがよくて、本のにおいがすると
心が穏やかになる。

小学生のころ、夏休みは毎日のように図書館に通っていた。
夏のあいだに、せっせと読んだ。
それでも読みたい本がいっぱいありすぎてぜんぶ読めなかったけれど。

高校生になると、放課後によく図書館に寄った。
高知城のふもとの古い図書館の、雨の日が特に好きだった。
今でも高知に帰ると、たまに行く。

東京に住んでいる今でも、息子たちを連れて図書館に行く。
今度、その大好きな場所で、「アフリカ」「家族」をテーマに
写真を展示させてもらうことになった。とても楽しみだ。

***

アフリカでも、図書館にはよく行った。
ウガンダ北部の町の、小さな図書館。
そこで、私の "ウガンダのお父さん" が働いているからだ。

お父さんの名前はジュリアスという。
ジュリアスは、背が低くて、いつもシャツを着ていて、笑うと目がすごく細くなる。
年齢的にはお父さん、というより、おじいちゃん、という感じだが、
私を本当の娘のようにかわいがってくれ、いつも見守ってくれている人だ。

なにか相談ごとがあると(なくても)、私はジュリアスに会いに図書館に会いに行く。
するとジュリアスは目を細くして「アベー(私のこと)、よく来たね」と喜んでくれる。
図書館のカウンターで、ふたりでひそひそ声でいろんなことを話すのだ。
ジュリアスが用意してくれたぬるいソーダを飲みながら。

ジュリアスは若いころ、イタリアに留学したことがあって
私はその話をきくのがとても好きだった。
それから、ジュリアスはアチョリの古い伝統のこともよく知っていて
子どもたちの支援についてもよく相談していた。

「戦争があっても、学ぶ権利はあるはずだ」
とジュリアスはいつも話していた。
図書館で本を読んでいる若者たちのまなざしは、真剣だった。
本は、戦争以外の生き方に触れることができる、唯一の手段だったのかもしれない。

平和になった今でも、あの小さな図書館はあるだろうか。


ジュリアスはいつも、
「なにかこの町で困ったことがあったら、ちゃんとアチョリ語で
『アンニャパ・ジュリアス(私はジュリアスの娘です)』と説明するんだよ。
なにか手助けができるかもしれないから」
と言ってくれていた。
そして実際に、この言葉で「ああ、あの図書館のジュリアスのね」と、
トラブルを回避できることがけっこうあった。

今でもたまに、困ったことがあるとふとこの言葉を思い出す。
『アンニャパ・ジュリアス(私はジュリアスの娘です)』。

私にとっては、心が穏やかになる不思議な言葉だ。


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