#70 crossroad

Jun. 14, 2010

音楽とにおいは、そのときの記憶を鮮明によみがえらせてくれる。

その記憶は、どんなに悲しいものでも思い出すたびに薄れていくものと
ますます鮮明になるものの、2種類があるような気がする。
思い出すたびに悲しみの輪郭が濃くなること。

雨の日のスラム。炭のにおい。
ラジオから流れていたトレイシー・チャップマンの歌声。


ケニアにある友達がいた。
彼は貧しいスラムに住んでいて、ある日私を家に招待してくれた。
同じスラムに住む彼女と一緒に迎えてくれた。

「せまい家だからきっとびっくりするよ」と言われたけど
スラムのせまい家なんて見慣れているからそんなに驚かないつもりだったけど
その大きく傾いた小さな家にびっくりしてしまった。
家というより、屋根と柱だけの小屋だ。
私が足を踏み入れると、また少し傾いたようだった。

彼のお母さんが熱いチャイをいれてくれた。
その日は冷たい雨の日で、私はだいぶ濡れていたから熱いチャイが嬉しかった。

「砂糖が買えなくて、甘くなくてごめん」
友達は謝っていた。
お土産にお砂糖を買ってきたらよかったな、とむしろ私の方が後悔した。

その友達はおしゃれが好きで、いつもぴしっとアイロンのかかったシャツを着ていた。
だから、ちょっと想像以上の貧しさにびっくりした。
なにもない家。屋根しかない。どうやって寝ているのだろう。
もちろん台所もない。何を食べて暮らしているのだろう。

それでも彼は明るくていつも冗談を言って笑っていた。
だけど彼のこころの繊細さは、彼の笑顔にも濃い影を差していた。
彼の恋人も、似たような空気をもっていた。

私たちはチャイを飲みながらいろんな話をした。
ケニアのことや日本のこと。
おたがいの家族のことや、共通の友達のこと。
好きな音楽、好きな映画。

そのときに、こんな話をしたのを覚えている。
人は、ちがう自分になって人生をやり直すことができるのか。

厳密にはできないけど、その努力の過程でちがう自分になれるんじゃないか、と
私は主張した。

彼は「できない」と言った。
「絶対に、できない。人生にはとりかえしのつかないポイントがたくさんある」
と言っていた。
彼の恋人は、ただ黙って話をきいていた。

そのとき彼は、大切な人を亡くしたばかりだった。
スラムでの生活から抜け出したくて、いろんな事業をしようとしていたけど
ことごとく失敗していた。
その日は冷たい雨で、彼の靴はびしょぬれだった。
チャイもすぐに冷めてしまった。


彼は自分と自分の環境を好きになろうと努力をしたけど
結局できなかったようだ。

その数年後、共通の友人から彼の噂をきいた。
彼の小さな弟と彼の恋人が同じ時期に亡くなったこと。
彼は精神に異常をきたしてしまったらしいということ。

私はそのことに驚きつつ、心のどこかで「ああ、またか」と思った。

人は戦争や貧しさなど、極限の状況でもたくましく生きている。
笑顔を忘れずに明るく生きている人がたくさんいる。
アフリカでそんな人びとの姿を見て、生きることは素晴らしいと感じた。
でもやっぱりそこには弱さと闇もあった。
それはいつも背中あわせにあって、境界線はぼやけている。

スラムや避難民キャンプで、こころが壊れてしまった人は少なくない。
その原因は身近な人の死や病気だったり、日常的にじわじわと壊れていったり、様々だ。
そんな友人たちのことを私は忘れようとしたけど、やっぱりそれはできないみたいだ。


今日トレイシー・チャップマンの歌声を聴いて、
スラムの友達のことをまた鮮明に思い出してしまった。

そういえば彼はサッカーがとても好きだった。
スラムのテレビ小屋でワールドカップを見ているだろうか。
それともラジオにかじりついて実況をきいているだろうか。
どちらでもいいから、彼が今この瞬間にひとりじゃないといいと思う。


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