#26 芸術になにができるのか

Jun. 23, 2009

去年、現代アーティストの宮島達男さんと
芸術やアフリカについてのトークセッションをしました。

宮島さんの作品を初めてみたのは5、6年前。
その作品は心の深い場所にすっと入ってきて、その感覚は今でも鮮明に覚えている。
瀬戸内海にうかぶ小さな島、直島でのことだ。

Sea of Time'98
http://www.tatsuomiyajima.com/jp/portofolio/95.html


そのときはまさかご本人にお会いできるとは、
しかもアフリカの話をすることになるとは夢にも思っていなかった。



宮島さんは「ウガンダのエイズ孤児、アーティストに出会う」というプロジェクトで
今年、実際にウガンダに行きワークショップを行ってきました。
そのプロジェクトの最終章になるシンポジウムが国立新美術館で開催されます。
興味のある方はぜひ。詳細は以下です。

http://gs.tuad.ac.jp/aids_orphans_project/index.php?date=2009-06-30



去年、宮島さんはトークセッションの中で
サルトルのこんな言葉を引用していました。

「芸術はアフリカの飢えたこどもを救うことができるのか」



ウガンダ北部の内戦地域で子どもたちがシェルターに避難していたころ、
私とウガンダの友達はそのシェルターで子どもたちに粘土とペンキを与えた。
同じくらいの金額でたくさんのバナナが買えたけど、
私たちは何日も話し合って、粘土とペンキを買うことにした。

子どもたちはおなかがすいていたかもしれない。
でも目をキラキラ輝かせて、形をつくり色を塗ることに夢中になった。


人間はパンだけで生きていけない。
息をしていることだけが「生きている」ということじゃない。


楽しそうに粘土に色を塗る子どもたちの輪から離れていたひとりの少女。
彼女はゲリラ軍に誘拐されレイプされた経験をもっていた。当時12歳だった。
彼女は、決して楽しそうではなかった。
でもやはり他の子どもたちと同じく、粘土に色を塗ることに夢中になっていた。

彼女が作ったのは、黒一色に塗られたなにかの動物。
その黒い塊にそっと触れると、私の目から涙がたくさん流れた。



あるとき、同じ地域で私はある少年の写真を撮った。
彼が自分の村で家族と一緒にすごす時間を撮影させてもらった。
彼にも内戦のつらい過去があり、家族は貧しかった。

その数年後に彼に写真を持っていったら、彼は目をまるくして言った。
「なーんだ、僕らはこんなにしあわせだったのか」
毎日の生活は苦しい。戦争がある。でも家族がいるというささやかなしあわせ。


そのとき私は、写真を見る人はもちろんのこと、
写真を撮られた人にも「別の生き方の可能性」を感じてもらえるような
そんな写真を撮ろうと誓った。


ウガンダに通いはじめたころ、
戦争という大きな暴力を目の当たりにして私は混乱して深い闇の中にいた。
そんなある日、少年が得意げな顔をして私に見せてくれた、木でできたビデオカメラ。

その前の晩、私は子どもたちのたき火の様子をビデオカメラで撮影していた。
たき火をかこんでいるとき、子どもたちは戦争や貧しさを忘れて楽しんでいた。
私も楽しんでいた。私たちが同じ時間を生きているということ。
同じ火をかこんで同じ歌をうたっていること。

少年が作ってくれた木のビデオカメラにはその時間がちゃんと映っていた。
私はそれを見て、うれしくて泣きそうになった。



それは厳密な意味では「芸術」ではないのかもしれない。
でも、とにかく人の心を癒し生きていることを強く感じさせてくれる。
心を震わせるもの。



宮島達男さんはこう言っていた。

「今後とも私は芸術がアフリカの子どもたちに何ができるのかを考え、挑戦していきたい。それが芸術に関わる者の、現代という矛盾に満ちた今を生きる者の責任だと思うからです」





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