#19 あじさいと月桂樹

Jun. 2, 2009

左手を怪我をしたので片手生活を余儀なくされている。不便。
特に炊事関係のことはできることが限られる。
早く治らないかなあ。

昨日、京都から帰ってきたので大家さんにあいさつに行った。
大家さんはお隣に住んでいる。とても気持ちのいいご夫婦だ。
ふたりともいつも背筋がしゃんとのびていて、会うと私まで姿勢が良くなる。

奥さんは私の包帯を巻いた左手を心配してくれた。

そしてそのあとうちのインターホンが鳴った。
出てみると奥さんが小さなお鍋を持って立っている。
「その手じゃ不便でしょ」とお鍋に入っているのは熱々のカレー。
「自家製だからお口に合うかどうか」

そう言って微笑んだ奥さんのうしろには、たくさんのあじさいの花。
うちのむかいの区民館は今、あじさいの花ざかり。
ピンク色のあじさいがぽんぽんと咲いている。

優しい気持ちになる。


小さなホーローのお鍋に入ったカレーは絶品でした。
市販のルーを使わずていねいに手作りされたカレー。


あまりにもおいしかったので
今朝、お鍋を返すときに作り方をきこうと思っていた矢先、
玄関先で奥さんに出会う。

奥さんの手にはほかほかの炊き込みご飯。
玄関がまいたけの香りでいっぱいになる。

今日も「お口に合うかどうか」と微笑む奥さんのうしろには
昨日より少し数が増えた、ピンクのあじさいの花。

カレーの作り方をきくといろいろおしえてくれて
「あ、月桂樹の葉を今度おすそわけするわね」と言ってくれた。

そのあと、出かけて家に帰ると
郵便受けの中に月桂樹の葉がたくさん入ったビニール袋があった。


アフリカに行きはじめたころは私も若かったし
アフリカの村の人づきあいがちょっとめんどくさく思うときがあった。

食事のころに人がたくさん集まってくるのもあまり好きではなかった。
特に疲れてるとき。
たまたま通りかかった知人もいれば、確信犯的にごはん時を狙ってくる人もいた。

でもアフリカに行けば行くほど、それは自然なことになっていった。
助け合いの心。ある人がない人に与えること。富のおすそわけ。


最初のころはビールも私がおごってばかりだったが
最近は私の懐具合を知ってか、おごられてばかり。
ある人が出す。それは「おごる」とか特別なことではなくて
本当に自然なこと。


個人主義の最近の日本社会で育った私たちには、
アフリカのご近所付き合いは少しうっとおしいかもしれない。

でも日本も少し前までは、ご近所同士、もっと付き合いがあったのだろう。

そんな今のご近所付き合いが私はわりと好きです。

まだ20代のころ、ウガンダ北部の村で、
私が通りがかるたびに呼び止めて食事をごちそうしてくれたおばちゃん。
「アベーはもっと太らないと!」
(アフリカでは太っている=美しいという価値観がある)
急いでるから、という理由でよく断っていたけど、
今なら遠慮なく毎回ごちそうになりたいなと思った。


そのおばちゃんと家族。
この写真を撮った日もたらふくごちそうになりました。


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